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2月, 2009の投稿を表示しています

ルアンパバーンでゲロを吐く

バスでさらに北上すること、10時間。ビエンチャンの北に位置するルアンパバーンという町に来た。 ビエンチャンに輪をかけて静かな町だが、昨晩はどこかで大音量でかけている音楽が朝方までやまず、あまり寝れなかった。 それより何より、バス旅で疲れた体を休めようと、宿の近所のサウナに出かけたら、2ラウンド目で停電になり、少しのぼせてしまったところに、ラオビアを大瓶で2本流し込んだところ、夜中気持ち悪くてゲロ吐いちゃった。なにやってんだか。 普通、長旅の後、人はやつれて少し体重が減ったりもするのだろうが、私の場合、確実に太って帰りそうな気がする。だって何を食ってもうまいんだもーん。 今日はレンタサイクルを借りて街中を散策した。バイクにしてもチャリにしても、ラオスぐらい交通量が少ないとなんとか走れるが、ベトナムや中国はちょっと怖くて、やだなぁ。 ラオスは仏教国だけあって、見所というと寺が多いわけだが、そこは元お遍路チャリダーなので飽きることもなく寺巡りを楽しんでいる。美しい上座部仏教の塔や寺院は、日本や中国とはまた趣が違うが、境内の大きな木の下でくつろぐ時間は、どの国でもかわらず穏やかで心癒される。 明後日は、さらにバスで北上し、フェイサイという町を目指す。そこからルアンパバーンへボートでメコン川くだりを楽しみつつ帰ってくるつもりだ。ついでにタイへの入国ができる税関があるので、いったんタイへ出て、ラオスの滞在可能日数をリセットするつもりだ。

バイクを借りる

レンタバイクを借りて、ビエンチャン郊外を観光した。久しぶりのバイクなので、無理せずまたスクーターにしておいた。ヤマハのWRもあったのだが、嫌な予感しかしなかったので、やめておいた。ホンダのフォルツァとかいう名前だと思うのだが、レスポールカラーがアジアっぽくてステキ。 いやぁ~、バイクはいいね!やっぱり。極暑のビエンチャンを数時間走っただけだったが、砂埃の多い国道は舗装も剥げて、穴ぼこもあったりしてちょっと危ないけど、信号も交通量も少ないから、気持ちよく走れた。ビックスクーターは正解だな。帰ったら買おう。 郊外を二時間ほど観光したあと、市内に戻り昼食の後、タイとの国境橋を見たいと思っていたので、子一時間ほど走って、メコン川にかかる友好橋をみた。さらにその先にはブッダパークと呼ばれる、ブッダやヒンドゥー教の石像が立ち並ぶ、不思議な公園へ向かい、そこで少しのんびりしてみた。ここにきてようやくハンモックの出番である。一時間ぐらいゆらゆらしてみたのだが、張り方がまずかったのか、乗り方に難があるのか、首がすえなくて、いまいちだった。ハンモックでのリラックスタイムには、今後更なる研究の余地がありそうだ。 帰り道は若干道を間違えたため、不安に駆られて、何度も道端のお店の人に確認しながら、なんとか無事帰ってきた。数時間のなんちゃってバイク旅だったが、めちゃくちゃ楽しかった。フォルツァもまぁいいバイクだったしね。でも買うならスカイウェイブかな。

ビエンチャン

ハノイからバスに揺られること20時間、ラオスの首都・ビエンチャンに来た。暑い、とにかく暑い。三日目にしてだいぶ慣れたが、夕方ぐらいには、頭痛に悩まされる。この暑い中、自転車で走っている人がいるかと思うと、考えただけで、ぶっ倒れそうだ。 っと思っていたら、宿にも町中にもサイクリストが数名いる。東南アジア横断の中継地なのだろうか。タイとの国境の橋が近いからか。ハノイでは見かけなかった。気づかなかっただけだろうか? 街を散策したり、メコン川を眺めたり、カフェでネットしたりで、大したこともせず、だらだら過ごしている。首都とは言え、噂通りビエンチャンは静かな街だ。ハノイとは雲泥の差だ。喧騒には無縁の街である。とっととラオスに来て良かった。フエとか、ホーチミンに行くのは、もぉやめようかなぁ〜。 欧米人や日本人の旅行者も数多い。特にいままで見かけなかった分、日本人が目立つ。静けさを求めて、ここに至のだろうか。アクセスしやすく、温暖でのんびり出来る。日本人に人気の観光地だ。たまに日本語の文字も見かける。メコン川沿いのビアガーデンでは、日本語や日本式の「おじぎ」で私の気を引いた。 ここもフランスの統治時代を経たため、洋式の建築物や、カフェが多い。その中で、茅葺きの屋根と竹材の家具のあるカフェを見つけた。ちょっと高めだが、コーヒーもおいしい。豆はもちろんラオス産、ドリップは布フィルターで、私好みのコーヒーだ。豆も売ってるのだが、ロースト前のものないかと訊ねたら、ないそうだ。残念。 ネットはネットカフェもあるが、Wifiフリーのカフェを見つけたので、そこを利用している。ちょっと不安定なのと、蚊が多いのが難点だが。

ハロン湾ボートツアー

ハロン湾に行ってきた。 ハロン湾は海上にいくつもの巨大な石灰岩が立ち並ぶ、ベトナム有数の景観地だ。ハノイではホテルが旅行会社も経営していて、ホテルのカウンターでツアーや各種チケットの手配が出来る。 実際には、ホテルのカウンターの人は、どっかの大きな旅行会社に電話して、ツアー参加者の行程と日数を伝えて料金を徴収し、いくらかの手数料を得るだけだ。 というわけで当日は他のホテルからも集合した、たくさんの人が一緒のバスに乗り、ハロン湾へ向かった。ちなみにハノイにはシン・カフェという有名な旅行会社があるが、全く同じ名前の偽会社もたくさんある。私のホテルが手配したツアーの興業主も偽シン・カフェだった。偽シン・カフェの太田光そっくりの添乗員は、行程の違う多数の外国人旅行者を引き連れて大変そうだったが、陽気にツアーを盛り上げてくれた。カルシウム不足の動きも太田っぽくて、胡散臭さは120%増しだが。 多少の不手際(出発時のバスにいきなり全員乗り切れない等)はあったものの、美しいハロンの景観や、ボートでの食事(内容は貧相)、また宿泊もボートだったのだが、意外と清潔な部屋でよく寝れて、とても楽しいツアーだった。ツアーにはたまたま一人旅の中国人大学生がいて、なぜか日本語が話せた。 他にはタイ、フランス、カナダ、台湾、韓国、イギリス、確認した限りでこれだけ多様な、人種がそれぞれ料金に応じた行程で一泊二日だったり、二泊三日だったりするのだ。太田もさすがにぐったりしていた。 二日目は、朝からカヤックで小一時間のなんちゃってハロン湾探検だった。初カヤックは、息の合わない中国人大学生とのコンビで挑んだが、全く真っ直ぐに進まず、他のカップル共にだいぶ後れをとってしまった(笑) でもこれは楽しかった!カヤック欲しいなぁ。日本に帰ったら買おうかなぁ。 ハノイに戻り、今度は安めのホテルを探していたが、ハロンに行く前は営業していた目当てのゲストハウスが工事中になっており、路頭に迷っていると、その偽シン・カフェが兼営するホテルのスタッフが声をかけてきて、安かったのでそこに決めた。一泊8ドル。窓もエアコンも冷蔵庫も、もちろんベトナム風の家具もバルコニーもない。 ついでにツアーでは大きな問題もなく、面倒見も良かったので、ラオス行きのバスのチケットも手配してもらった。明日夜はラオスに向かう。

2月11日 ハノイ着

朝、目が覚めて、自分がいったいどこで何をしているのか理解するまでに、しばらく時間がかかった。妙な夢を見ていたからだ。 ラオカイ発の寝台車はよく揺れ、何度か起こされはしたものの、目覚めはそう悪くはなかった。体の痛みもない。列車は停車しており、窓の外では何者かが、大騒ぎしている。車掌らしき女性と、隣のベッドで寝ていた女の子が、二言か三言、会話を交わすと、彼女は荷物をまとめて部屋を出ていった。 呆然としていると、間もなくして部屋の、というか列車全体の電気が消えた。外で騒いでいる男は、どうやら私に早く降りろと急かしているらしい。慌てて荷物を抱えて列車を降りると、例の男が息を弾ませて言った。 「Where do you go?」 男はタクシーのドライバーだった。そしてこの瞬間から、今に至るまで、何度となくこの質問を浴びせられることになった。 「Where do you go?」 どこに?そんなことはわからないね。 シクロやバイクタクシーから聞かれる度、内心では含み笑いを添えて、そう自答するのだ。 しかし列車から降りた瞬間に最初に聞いたこの質問には、私は実際、答えられる材料を持ち合わせてなかった。あたりはまだ真っ暗で、降りたったのはホームと呼べるスペースなど無い、線路のど真ん中だ。時刻は4:30。行くあてなど何もなかったので、ドライバーを追い払い、駅の待合室で時間をつぶして明るくなるのを待った。 7時を過ぎるとだいぶ明るくなり、駅前の通りも賑やかになった。バイクの波をかき分けて通りを渡り、少し歩いたところで、出店のフォーを食べた。酸っぱ辛いスープが体を温めてくれたので、フリースを脱いでTシャツ姿になり、バックパックを担ぎなおして、ガイドブックにあるホアロン刑務所跡を目指して歩き出した。 ホアロン刑務所は植民地時代にフランスが作り、ベトナム戦争中は米軍捕虜を収監していた。跡地にはビルが建ち、今は建物の一部が博物館として保存され、当時の生々しい記憶を今に伝えていた。 ホアロンを出て、まだお昼まで時間があったので、さらに歩いてホー・チ・ミンの墓と孔子廟を訪ねた。孔子廟でゆっくしすぎたため、ホー・チ・ミンの墓の内部まで入れなかった。午前11時で終了なのだ。 近くでタクシーを拾い安ホテルが集中するという旧市街へ向かった。しばらくしてタクシーのメーターをふと見ると、なんと既に30万ドンを越

2月9・10日 河口→ラオカイ(ベトナム)

元陽からバスに乗り国境の町・河口へと向かった。運賃は60元。1日3便。10:00発のバスに乗り、発車を待っていると、満席になった9:30の段階で出発した。 河口までは6時間。道は開通前(?)の高速道路のすぐ下のでこぼこ道を延々走り続け、時折、天井に頭をぶつけそうなほど跳ね上がりながら、ゆっくり慎重に進んだ。 しかし昆明→元陽もそうだが、不思議と全く車酔いしなかった。スピードが出てなかったこともあるが、一番の不安材料である乗り物酔いが、今回一度も現れない。前日、アルコールを控えて、しっかり睡眠をとっているのが良いのだろう。 河口には15:30についた。ガイドブックに載っていた安いホテルの宿泊費は倍になっていたが、しかたなく銀行で元をおろし、一部をドルに両替してからそのホテルに落ち着いた。料金交渉には応じていただけなかったが、120元のシングルルームは中国最終日を飾るに十分以上の価値を感じた。ひと部屋を占有できる喜びも、たまにはいいもんだ。 ホテルでラオカイ発→ハノイ行きの列車の時刻を聞くと、19:30と言うことだった。河口に一泊しなくてもよかったかな。 翌日、チェックアウト時間の12:00までゆっくりホテルで過ごし、イミグレーションへ向かった。係員に見守られながら出国カードに記入し、パスポートと一緒に提出し、建物を出て国境の橋を渡った。向こう岸はベトナムだ。 原則的にベトナム入国に関しては、15日以内の滞在にはビザは不要だが、出国用の航空チケットの提示が必要である。陸路ではまず問われないという情報は得ていたものの、多少緊張気味にベトナム入国検査官にパスポートを提示して待つこと数分。結局、一言も発さずに入国した。係員がおしゃべりに夢中のため、荷物検査もなし。 河口・ラオカイ間は、人も物資も往来が少ないのか、のんびりした雰囲気であった。 イミグレーション内の両替所で元をすべてベトナム・ドンにかえて、建物を出るとたくさんのバイクタクシーが声をかけてきた。すべて無視し、駅まで歩いた。ウールのスウェットの下は早くも汗だくだ。暑い。ようやく寒さからは解放されたが、いきなり暑すぎだ。でももっと今から暑くなるのだろう。 人々の格好もさまざまだ。Tシャツ一枚の人もいれば、ダウンを着込んだ人までいる。どこから来て、どこに向かうのか。それぞれ必要に応じての選択なのだ。 ラオカイ駅周辺は思っ

2月7・8日元陽

2月7日、昆明駅近くの長距離バス乗り場から、マイクロバスに乗り元陽に向かった。 バスに乗り込み出発を待っていると、係員が荷物の分の運賃が100元だと言ってきた。マジの係員らしいのと、首尾良くチケットが取れ、バスに乗れたことで気が緩んでいて、値切りもせず支払ってしまったが、これは全く支払う必要のない金であった。なぜならギリギリに乗車してきた欧米人がおなじみの罵声と共に完全拒否して問題なく出発できたからだ。 昆明から元陽までは7時間の長丁場だったが、特に荒れた道でもなく、退屈なのを除けば、景色や車内テレビで上映されていたジャッキー・チェン&サモハン・キン・ポー主演の監獄映画などを観ながらの快適な旅路となった。 夕方到着した元陽は晴れ。思っていたより暑く、ゴアテックのジャケットでは歩くと汗ばんでしまうほどだった。バスの運転手が指した方へ、とりあえず宿を確保しようと思い歩いていると、三輪バイクのおばちゃんが声をかけてきて、今から撮影ポイントへ案内するという。 どうしようかと思ったが、まぁ疲れもたいしてないし、ノッとこうと思い、ここは若干値切りつつ夕暮れの棚田を目指してさらに高台へと向かった。 3ヶ所ほどをまわって数枚の写真を撮り、おばちゃんの案内で安いホテルに部屋をかりた。明日朝もおばちゃんが迎えに来てツアーをすると言うので、あたふたしながらも値切って、結局160元で5ヶ所の撮影ポイントのツアーを朝6:00からする事にした。宿はバス駅の裏のホテルだが、何となく部屋全体が湿っていて、カビ臭かった。多少値切って一晩55元。こんなもんかな。 翌朝、真っ暗なホテルの前にスタンバっていたおばちゃん三輪タクシーに乗りツアー再開。各撮影場所には既に数十名の写真愛好家たちが立派な三脚に高価な一眼レフをのせてシャッターチャンスを待っていた。 日本人の数名がチェキやポラロイドで地元の少数民族の少年少女達を撮って、写真を渡すとかなりウケていた。さすが手懐けるポイントを知った連中だ。しまいには民芸品や朝食、絵はがきを売りこむはずの彼らが一元を差し出して、撮ってくれと頼んでいた(さすがに受け取らなかったみたいだが)。プリクラが流行っていた頃の女子高生を思わせた。 「そんな民芸品や朝飯や、ましてや絵はがきなんて誰も買わないんだから、それより民族衣装を着て写真を撮らせて金を取れ」っと教えてやりたかったが

竹寺

朝はまたうだうだしているうちに時間を費やしてしまった。 朝食とも昼食ともいえない食事をしてから近くの花鳥市場へいってみた。花鳥市場はその名の通り花や鳥などを売る出店が軒を連ねるマーケットだが、それ以外にも明らかにバッタもんしかなさそうな雑貨屋や民芸品店などもあり、ペットを扱う店では蛇やデカい蜘蛛や、ウサギやハムスターもいて、まぁまぁ楽しめた。とはいえ薄暗く、活気もない様子は、「どこか」の寂れた温泉街のおみやげ屋のようで、ひどく萎えた。 それからバスに乗り昆明郊外の竹寺を見に行った。竹寺への市バスはないので、終点からは軽バンをチャーターしての観光となった。往復50元。値切ろうとしたが、無理だった。くそっ。 竹寺は玉案山の中腹にある仏寺だ。昆明からの距離はさほどでもないが、結構登るのと交通手段がないからか、人気が少なく静寂に満ち、落ち着いた雰囲気の寺院であった。もっとのんびりしたかったが、運転手のおばちゃんが30分しか待ってくれなかったので、急ぎの観光になってしまった。 昆明に戻ると意外に時間があったので、初日に散策した公園に行きハンモックを試そうと思ったが、やはりかなりの人混みなので、遠慮しておいた。 夕方には、温泉があるというので出かけてみたが、思いっきりなくなっていた。別の温泉も近くにあったのだが、そこは高級外車がずらりと並び、黒服の係員がうろうろしていて、非常に場違いな気がしたし、高そうだったので止めといた。 明日は昆明を離れ、元陽という棚田が有名な景観地へ行く。それから数日以内に国境の町・河口へ向かいベトナム入りする予定だ。何かあるとすれば、この辺なので、あらためて気を引き締めていかねば。 ベトナムはハノイに直行し、それからまた考えようと思う。

石林

石林に行った。石林は中国でも有数の景観地だ。数億年前海底だった場所が隆起し、海底にあった石灰岩が風化することで無数の巨石が林のように立ち並んでいる。 園内には巨石の間を迷路のように通路や階段がはりめぐされており、何百、何千万年もかけて地球が生み出した奇跡の営みを感じることが出来た。 人混みを避け、奇跡の迷路を登っては降り、自分だけのイメージを探して夢中でカメラをむけた。ひんやりとした巨岩の間から見る光の輝きは、太古の眠りから覚めた一時の瞬きだろうか。この一瞬のまどろみの中で私も深い海の底で眠る夢を見ているかのようだった。 ところで石林の入場料が一年前のガイドブックの情報より、値上がりしており、80元だったのが140元になっていた。バスの片道切符が27元で、しめて200元弱と言うことになる。 バスの切符を買う際、窓口を間違えて、たまたまツアーに誘われたのだが、150元でしかも丸一日のツアーだったので断った。しかし思いっきりツアーに参加した方がリーズナブルだった。昼飯付きらしいし。 とはいえ一枚写真を撮るのに、何分も費やす私につき合っちゃくれないだろうし、数十元で時間を買ったと思って納得しよう。そうしよう。

昆明

成都からさらに電車に14時間ほど揺られ、昆明に到着。三段ベッドの最上階は狭くてちょっと居心地は悪かった。まぁ、明るいうちは、通路側の窓際の椅子に座って外を眺め、今回は落ち着いて旅情にひたれた。切り立った岩山のすぐそばをひた走る中国ならではの車窓を味わえたよ。 昆明には早朝到着し、駅からはユースのスタッフにつれられて宿へ直行した。車で迎えに来るのかと思ったら、一緒にバスに乗って向かうのだ(笑) まぁ、十分ありがたいですけどね。 シャワーを浴びて髭を剃って、洗濯をしてから、かるく市街地を散策した。歩いて宿のある広場(今回の宿は昆明市街地のおそらく中心地にあるのだ!)から真っ直ぐのびる歩行者天国をあるいて大通りにでると公園があり、さすが暖かい昆明では梅?桃?の花が咲いていた。その下ではおじさんたちが将棋を楽しんでいて、大通りの喧噪を後目に、静かに流れる時を刻んでいた。 そう昆明は、特に今日は暖かく、中国に来て初めて防寒着を一枚ぬいだ。暖かいと気持ちもだいぶ楽しくなる。中国に来て既に20日が過ぎ、せっかく慣れてきて、気候も良いなら、もう少し居たい気持ちもする。まだ田舎の中国をみていないし。ここ中国の最果て昆明も高層ビルが建ち並ぶ大都会なのだ(福島に比べれば)。のこる8日間を有効に使わねば。

パンダ館

パンダ館へ行ってきた。 正確な名称は長いので忘れたが、成都の郊外にあるパンダの飼育施設だ。当初、一人で行くつもりだったが、面倒くさそうなので、宿のツアーに参加した。 朝7:40集合と異常に早いスタートだったが、動物関係は早朝が吉だ。餌を食べているところも見れるし、午前中は行動的だからだ。 近くで見るパンダはなかなか愛らしかった。行って良かったよ。ただやっぱり時間に縛られないで見たかった気もする。ずーっと見てたら、他のメンバーに置いてけぼりを食らい、すこし探して歩かなければならなかった。赤ちゃんパンダをもっと見たかったよぅ。 午後は昨日に引き続き昆明行きの切符を買いにチケット売場へ向かったが、今度は3時過ぎに来いという。 しかたなく時間つぶしのために、昭覚寺という寺院に行き、三度チケット売場へ戻ると、長蛇の列が! しょうがないので30分ほど並んで、結局4日以降のチケットはとれず、明日の出発のならあるというので、諦めて明日には四川を出ることにした。 もう一カ所行きたいところがあったのだが、12日にビザの期限が切れることを考えると、あまり四川で時間をとられるのも考えものだったからだ。 雲南省からはガイドブックもあるし、時間を有効に使える。

望江公園

成都にももうすぐ地下鉄が走るようで、現在工事の最中だ。おそらくは市中心部を縦断する人民路に沿って作られるのだろう。 成都駅から人民路を真っ直ぐ下ると、天府広場という公園があり、そこにはBIG MAOがたたずんでいた。おおきさはだいたいガンダムぐらいだと思ってくれてかまわない。結構な存在感だ。昨日はそのあたりを散策した。 今日は、バスに乗って少し遠めの望江公園というところへ行ってみた。昨日、西蔵書店という本屋で立ち読みしたガイドブックに載っていた写真がきれいだったからだ。 それから環状線を挟んで反対側に宿オススメのレトロな街並みスポットがあるという事で行ってみたが、そこは大したことはなかった。 そういえば午前中に昆明行きの切符を買いに行ったが、いろいろ調べてもらって、結局、また明日来いということになった。オンライン化が進み、切符の購入が昔に比べて楽になったという事だが、まだよく機能していないようにも思える。 同室のギャルとは一っ言も喋っていない(笑)