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深夜特急

チェンマイ発バンコク行き、特別急行の9号車の寝台席には、私の他、二人連れの欧米人がいるのみであった。乗客以上に、数名の乗務員とホルスターに45口径をぶら下げた鉄道警察が談笑する姿が目立った。
しばらくはなんとなく外を眺めたり、乗務員の様子をうかがっていたりしたが、直ぐに飽きたので、前日に古本屋で買った時代小説を読み始めた。
と、ガタンという大きな音とともに、強い衝撃が体を揺らした。不意を付かれ、思わず声がでそうになるほどであったが、それを押しとどめ、列車が動き出したことを外に目をやって確認した。ふふっ、っと鼻で笑う声が後ろの席から聞こえた。発車のベルも、放送も聞こえなかったのだ。いや、そもそもそんな気の利いたものなど無いのかもしれない。
また小説に目を落としたが、なんとなく文字が頭に入らなくなり、チェンマイ駅の目の前で買ったビールをあけ、飲み始めた。
列車は十数分も走らないうちに市街地を抜け、荒涼とした農地をガタゴトとすすんだ。列車のスピードは緩慢である。タイの北部最大の都市とは言え、チェンマイは小さな町だ。バンコク同様、通りにはトゥクトゥクが走り、乗り合いのソンテウもあるが、チェンマイの繁華街は歩きでも十分なほどだった。
ビールを飲みながら、食堂車があるだろうか、有ったとして何時頃まで利用できるか、もしくは代わりのビールとつまみを車内販売で買って済まそうかなどと、思案しているうちに、眠気が襲ってきてしまい、うつらうつらと席で浅い眠りに落ち始めた。
いくつかの駅を経て、列車は緩やかに丘を登り始めていた。駅を発射する度、衝撃に体を揺らされるため、目を覚ましては、寝ぼけたまま外の様子などをうかがい、また眠るというようなことを何度か繰り返した。
しばらくして比較的大きな駅に停車すると、大勢のフランス人の団体が乗り込んできた。タイ人のガイドがフランス語で団体をよく統率し、それぞれの席へ首尾良く座らせると、間もなくテーブルが各席にセットされて弁当が配られた。食事付きのツアーなのだ。ツアー客がそれぞれに弁当を食べたり、トランプを始めたり、記念撮影をしたりと、思い思いの時間を過ごし始めると、ガイドが空いている私の向かいの席に座り、乗務員にテーブルをセットさせ(実は私はこの時までテーブルの存在を知らなかった)、自前の菓子を広げて私に勧めてきた。
せっかくなのでいただきながら、残ったビールを飲んでいると、何かの拍子に、ガイドが自分の飲んでいたビールを倒してしまい、テーブルの上にだいぶこぼしてしまった。慌てて乗務員にティッシュをもってこさせたり、となりのフランス人や、私も協力してテーブルのビールを拭いた。
申し訳なさそうに、ガイドは失礼を詫びると、私にビールを一瓶奢ってくれた。最初は断ったのだが、収まりが着かなそうだったので、ありがたくいただき、菓子もいただいて、いつのまにか夕食を食べる気持ちはなくしていた。

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